近代を代表するものがこれ
千葉県立船橋高等学校では理系文系どちらを選んでもほぼ全教科がカリキュラムに入っていたが、その中でもぼんやりと抜けていたのが日本史である。当時はそこまで興味が無かったのと、どうしても近代あたりは受験時期ですっ飛ばされてしまうのとで、私の素養の中にはあまり入っていなかった。
40を過ぎてからPodcast「世界一周!チラ見の世界史」から「コテンラジオ」へと入り、また「朝日新聞ポッドキャスト」でも重箱の隅をレーザー光で穿つような歴史回があり、不惑になって理解が進むものもあるなと博物館通いが楽しくなった。そんな私が最高に楽しめるエンターテインメント施設が、この国立歴史民俗博物館である。第1室の縄文から弥生だけで見るのに3時間掛けたほどだ。
で、このところずっと行く度に「改装中」だった第5室がこのたび杮落としを迎えたので、早速休暇に重ねて行ってきた。
平日で開館前の時刻なのに客がたくさんいる
いきなり第5室へ直行する玄人
どうやら他の客は、普通に第1室から回っているらしい
コテンラジオで国民国家の概念を学んでおくと、このタイトルの解像度が上がる
国境が強く意識されるのもこの頃。途中にアイヌ侵略の展示もあったがすべて撮影禁止。当時の役人や日本人達による無知な迫害について、かなり怒れる口調で解説されている。
函館から入ってきていたロシア正教「石巻ハリストス正教会」
生糸の輸出が有名だが、綿織物もある。大阪には多くの朝鮮人女工がいた。
外貨獲得手段であった生糸
当時は栄えていた横浜
今は遺構として意識高そうなカフェとかになっているが
差別が集約され育まれた地、大阪。全国水平社の展示もあったがすべて撮影禁止。水平社宣言の朗読を泣きながら聞いていた。人の世に熱あれ、人間に光あれ。
鴨川にいた祖母は朝鮮の海女が変な指笛を吹いていたと言っていた。まさにその装束も展示されていたが撮影禁止。
西陣の台所を再現。「舞妓さんちのまかないさん」キヨちゃんの取ってきたお札もある。
これが第6室「現代」へと繋がる最後の展示。待っているのは「太平洋戦争」だ。
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